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世界を見渡したと き非常に微妙な時期に来ていると 感じる。
世界中で起こっているテロや紛争 、難民の問題。これらは多くの日本人にと っては、遠い国の話の ようにも思える。ただ、これだけ情報化が進み、グローバル化が進んでくると、誰にとっても非常に不確実な世界が近づいていると思わざるをえない。 このような「今」を知るには 、歴史的な視点を持つべきだと 感じた。歴史を紐解き、私なりに根底に流れているものは何かと考えた。すると、あらゆる文明の根源には必ず信仰が存在している 。宗教は恐ろしい、、それゆえ、法の支配による合理的で理性的な世界を目指すべきだ、といった考え方も出るだろう。しかし、果たして、そうだろうか?

人間が作ったヒエラルキーなど神から見れば誤差に過ぎない、というある種、神仏を尊ぶ気持ちの極致が生み出した観念があったからこそ、近代化を成し遂げ 、これまである一定の成長ができたのではないか。そして、その出発点からあまりに離れて、理性や経済合理性に偏ってしまったのが、今、なのではないか。

「神仏を尊び、神仏を頼まず」

剣豪、宮本武蔵が残したこの言葉には、己の未熟さを認める謙虚さと共に、自らの力で切り開く力強さを感じる。正しい方向に向 かって、力強く未来を切り開いていくためにも、謙虚な気持ちを持つこと、それは、神仏を尊いと感じる心によって生み出されるのではないか。私が仏像に着目したのは、神仏の具体的な形を象徴する存在だと感じたからだ 。仏教の六道輪廻によれば、人は、「この世」と「あの世」を往復しながら、因果を浄化していくそうである。そんな繰り返しが、流れであり、道でもある、という思いを表現した。


田上 晃庸